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2011年08月22日 (月)
現代の医学というものは、「病人の医学」ではなく「病気の医学」です。
人はそれぞれ生い立ちや生活習慣、信仰の有無などの違いがありますが、それを考えていたのでは、 科学に基づいた医学は進歩しません。 同じ症状の人をたくさん集めて、この症状にはどういう治療が効くか効かないかを考えていくのが現代医療です。 ですから「あなたにはこの薬」「あなたにはあの薬」というように、同じ病気に違う薬を出すことはほとんどありません。 私は、人間は三つの条件からなっていると思います。 まず「体」がなかったら人間ではありません。そして「心」がなくても人間ではないですね。 三番目は「社会(家庭・職場・地域)」です。 いくら人間の遺伝子を持って生まれてきても、人間らしく育てられ、社会の中で支えられないと、生きていけないのです。 このように考えると、人間というのは、この三つの条件が非常にいい状態にあって初めて健康になるのです。 ところが、いまの日本では、心や社会のことはどこかに置き忘れられています。 誰もが体のことばかり気にしているのです。サプリメントを飲んだり、病気が怖いからと検査ばかり受けている人が大勢います。 これは、体のことしか頭になくて、心や社会のことをすっかり忘れた姿だと思います。 体を検査して異常がなくても、社会生活を営むうえでストレスがあれば、頭やお腹が痛むことがあります。 社会で言うと大きすぎますが、私たちの一番の基本となる社会は家庭や家族です。 たとえば、夫婦げんかをして、その状態が続けば、体に異常が現れてきます。 ですから、病院で検査を受ければどんな病気なのかが分かって、薬を飲んだらどんな病気でも治るのではなく、何か症状が出てきたときは、まず自分自身で、心遣いや生活のあり方、人間関係などを振り返ってみる。 そして、思い当たるふしがあれば、そこを正す努力をしてみる。そういう考え方が非常に大事だと思います。 また、病気になる時は自らの責任は大きいのですが、自分を取り巻く家族や環境の状態によって、症状が出てくる場合も非常に多いので、この点も注意しなければなりません。 と言うように、人のからだは多くの事柄が原因で病んでいます。 その多くの事柄の中で、この患者さんが病む元(原因)は何であるのかを見つけ出すことができるのが私達の業務ではないでしょうか! 信頼関係の中で、一対一で穏やかに身の上話を聞かせて頂くことができます。 その中に潜んでいる本当の原因が病を引き起こしています。それを見付けだすことが出来れば、対処療法ではない本当の治療ができるのではないでしょうか。 精神的にも肉体的にも社会的にも健康であることが健康と言うように、決してからだの異常だけが医療機関の仕事ではないように思います。 「今中孝信Drの講演より」
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2011年07月25日 (月)
『金科玉条』 岩本金悟
「啐啄同時(そったくどうじ)」と言う言葉はご存知ですか。 「啐」とは雛が卵の殻を内側からつつくこと、「啄」とは親鳥が卵の殻を外側からつつくこと、親鳥と雛鳥が同時につついて新しい命が誕生するという事です。 そこで皆様方、院内の状況に照らし合わせてみて下さい・・・。 そして家庭の状況に照らし合わせてみて下さい・・・。 主従の関係で相手に対して一方的に頼っていませんか、互いに協力し合って何かを生み出す努力をなさっていますか。 「○○先生、君がこうしてくれないからあんなふうになってしまうんだ」また「うちの院長はああだから患者がこうなるんだ」等々、 互いに責任をなすりつけて全く何も生まれてこない悲しい現実がここにあります。 痛みからの快方を願う患者さんの為に先生とスタッフが互いに出来ることがあるでしょう。 繁栄には程遠い経営状態を改善するために院長はじめ助手、受付スタッフの皆で出来る事があるでしょう。 「私は植物で活き活きした院内を作ります!」 「僕はトイレ掃除と玄関掃除を任せて下さい。」 「私は患者さん向けの医療情報ポップを待合室に掛けます。」 「僕は医療技術の勉強会を計画します。」 「じゃ僕は毎朝の朝礼で笑顔と活舌の良い言葉掛けの為に発声練習の号令を掛けます。」 「皆がそんなに頑張ってくれるのなら、私は院長として患者さんに喜んでもらえる最高の治療を出来るように自分自身を高めるよ、 そして少しでも多くの給料を皆に渡せるように頑張るよ!」 この院は必ず繁栄しますよね! さあ、院長であり経営者の先生方、今だからこそ原点を見つめて下さい。 白衣を制服とさせて頂いている聖職に就かせてもらっている私達は、聖職に相応しい健全な仕事をしなければなりません。 一人の「先生、痛みが取れて楽になりました、ありがとう!」の言葉を求めてこの仕事に就いたあの頃を思い出して下さい。 何の不安もなく聖職に没頭できたあの頃に。 過剰な設備投資をして返済に追われたり、不正な事務処理をして調査に不安を感じたりすることはありません。 院に来て下さる患者さんは、先生方の本気で「楽になって頂きたい!」と言う気持ちを待っています。 その為に勉強をする、掃除をする、笑顔を絶やさない、話をするより話を聞くなどの方法は沢山あります。 しかしそれらはお金はかかりません。 今一度原点に立ち戻り、啐啄同時の精神で自分とスタッフそして患者さんとの最高の連携を見つめ直して下さい。 皆様の幸せをお祈りいたします。 柔道整復業界誌 『からだサイエンス』より
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2011年07月11日 (月)
『金科玉条』 岩本金悟
百匹目の猿現象と言う話はご存知でしょうか。 1950年頃のお話ですが、宮崎県の周囲4キロメートルのある島に24匹のニホンザルが住んでいました。 京都大学霊長類研究所の研究者たちがこの猿に餌づけを試みました。 はじめの頃、猿たちは薩摩芋の泥を手や腕で落として食べていました。 しかし数年後のある日、1歳半のメス猿が泥を川の水で洗い流して食べ始めたのです。 メス猿の行動は、やがて多くの猿にまねられ数年後には24匹中15匹が芋を川の水で洗って食べるようになりました。 その後ほとんどの猿たちは川の水で芋を洗うようになり、次に海の水で芋を洗って食べるようになりました。 時を同じくして大分県高崎山の猿たちも薩摩芋を水で洗って食べるようになりました。 ある一定の猿たちの行動が何かの力で遠く離れた猿の群れに伝わる現象の事です。これは非科学的かも知れませんが、 この現象は多くの生物学者や物理学者、数学者や哲学者が長年に渡る激論と検証の末これを科学的に証明できたのです。 物事がある一定の臨界点に達すると「形の場」と言う共鳴作用が起こり、一種の波動となって時空を超えて伝わっていくと言う事です。 猿の芋洗い行動でいえば、最初の一匹が芋を洗い始めると、そこに芋洗いと言う「形の場」ができる。 その場の力が、他の猿が形をまねし始めることで強まっていくのです。この力がある一定まで高まったとき、 形はこだまのように共鳴作用を起こし、一種の波動となって時空をこえて広く伝わっていくのです。 「万田酵素」と言う発酵食品会社をご存知でしょうか。 万田酵素を開発する為に全財産をつぎ込んだ松浦新五郎社長がおられます。 私は以前この松浦社長に親交を頂いた頃がありました。 素直な子供がそのまま大人になったような何とも言えない素晴らしい方でした。 20年以上かけて開発に成功したころには、資金繰りに難儀しており、この度も資金調達に奔走したにもかかわらず、 数百万円の手形がどうしても落ちない状態でした。 開発には成功したものの会社が倒産か・・・と諦めかけた時、突然、銀行に入金がありました。 あわてて振込先に連絡してみたところ、振り込みは間違いで、すぐ返金してほしいとの事でした。 松浦社長が藁にもすがる思いで事情を説明したところ、「では1年間お貸ししましょう」とのことでした。 その額は手形の金額とほぼ一致していたそうです。 こうした例は枚挙にいとまがありません。たんなる偶然とかたづける方も多いでしょう。 しかしそれは大いなる意思がはたらいたと考えた方が合理的であり説得力があるように思います。 このように、人間の意思がある一定のレベルを超えることで、時空を超越し、 人々をかきたてるといった思いもよらない働きがあるような気がします。 いま、私達が生業としている柔整業界が音を立てて崩れていくような気がしてなりません。 多くの方々が同じ不安を抱いていることだと思います。 全国各地で、業界の正常化を願いコツコツと活動している仲間がいます。 行動が広がっていくと言うことは、ある事を真実だと思う人の数が一定数に達すると、それは万人にとって真実となるのです。 近い将来、きっと上記の様な、善なる思いが臨界点に達する事で共鳴作用が起こり、大いなる意思となって、 見事に「ほねつぎ」の歴史を継承できると信じおります。 私達は医療と言う聖職にある身です、今一度、一人一人が我が身を振り返り、襟を正すところは正し、 おのおのがすでに持ち合わせている潜在能力にあるところの、本物を見極める眼力を大いに発揮し、 素晴らしい共鳴作用を起こしましょう。 ※参考文献:サンマーク出版 「思い」が世界を変える 船井幸雄先生 柔道整復業界誌 『からだサイエンス』より
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2011年06月27日 (月)
『金科玉条』 岩本金悟
人は皆生まれてくるとき、うぶ湯の準備ができているのか心配しているでしょうか。 寒くないだろうか、自分を育ててくれる親はどんな人だろう、どこで暮らすのだろうか、お金はあるのだろうか、 などと心配した記憶がありますか。 思わぬところで学びを受けて、思わぬ職業に就かせて頂き、思わぬ人と結婚して、思わぬ子供を授かって、 そして思わぬことで死んで逝く。 あの世の事を知る由もなく、たった一人で何も持たずに旅立って行くのです。 その命は自分の意思とは関係なく何かとてつもない大きな力に導かれて。 わずか何十年の出来事です。 人は皆、何のために生まれてきたのかわかる人はおりません。すべては何かとてつもない大きな力がなすことなのです。 その、とてつもないものの思惑にかなった生き方をしようとする心を「誠の心」と言うのではないでしょうか。 真実誠の心で人生を歩むことができれば、何ひとつ困る事が起きてこないのかもしれません。 どこかで道を間違えた人が、行き詰って困っているのではないでしょうか。 正にサムシング・グレート、それほど自然は完璧なはずです。 嗚呼、私は人として人生を勘違いしていないだろうか。 「施術所、白衣、道具の力」と題して私ども分院長の報告から。 =================================================================== 昨日の日曜日、友人のお母様が急性腰痛になり診てほしいと連絡がありました。私は早速友人宅に向かいました。 出先からの往診ですから何ひとつ道具を持たず、私服のままでの訪問でした。精一杯施術させて頂きましたが痛みは10→8でした。 本日の午後に来院頂き干渉波や吸玉、パルス療法やテープを使って施術後の痛みは10→3に緩和しました。 道具に助けて頂きました。その患者様から「すっごく楽になりました!」の言葉を頂きました。 昨日は「おにいちゃん、明日よろしくね・・・」の言葉から、本日お帰りの折は「先生ありがとうございました!お陰さまです」 正に白衣と施術所に助けて頂きました。 =================================================================== この分院長は開業半年で1日来院50人を超え、患者様より益々評価を頂いている真実誠のK院長です。 このK院長は文末に“勘違いするなよ”と教えて頂いている気がします。と結んでいました・・・。 《まとめ》 村上和雄先生の所謂サムシング・グレートによって存在する私達であることを再確認するべきだと思います。 案ずるに及ばず成っていく出来ごと、策を練っても成らない計画。 患者様は個人の私を評価して下さっているのではなく、資格であり、看板であり、施術所であり道具を持っている私を 評価して下さっているのだと考えるべきではないでしょうか。 おい!“勘違いするなよ”と教えて頂いてる事を常に心にとどめて。日々の職務を一生懸命全うさせて頂きます。 *参考文献 命の暗号 サンマーク出版 村上和雄先生 柔道整復業界誌 『からだサイエンス』より
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2011年06月01日 (水)
こんにちは。一年ほど失礼しておりました。申し訳ございません。
この間には学園前吉祥寺鍼灸接骨院を開業させていただいたり、新入社員が入ったり、 MOMO吉祥寺の荒川院長がめでたく独立なさったりと、たくさんの出来事がありました。 これからも時々登場させていただきますので、よろしくお願いいたします。 皆様のご健勝をお祈り申し上げます。 * * * * * * 『金科玉条』 岩本金悟 「ありがとう!」人が一日に発する言葉の中で一番多い言葉でありたいですよね。 からだサイエンス編集長様、私の金科玉条を掲載して下さって「ありがとうございます」。皆さん、私の金科玉条を読んで下さって「ありがとうございます」。 私達の生業で一日に何回も何十回も頂戴する「先生、ありがとう!」の言葉です。その言葉を頂いた私達は嬉しいですよね、真心からの「ありがとう」は私達の方が元気になりますよね。 「ありがとう」は不思議な言葉です。 数年前、私はチベット医学を学びにチベットに行ってまいりました。 開発発展途上の様子は否めませんが、食文化や人文化、医療や宗教が余すところなく継承されているのだろうと感じ入りました。 伝統医療とは、Traditional Medicineと言う独自の宇宙観や身体観、病理観を持つものと、Folk Medicineと言う確固とした理論体系を持たない民間療法の伝統医学があります。現存するTraditional Medicine伝統医療は中国伝統医学、インド伝統医学、ユナニ医学そしてチベット医学の4つがあります。 インド伝統医学や中国伝統医学は多くに知られた有名な医学でありますが、これらは生と死の双方を見据え、宗教と医療を統合的に説くことが少なく、いわゆるスピリチュアリティに関する理論や方法の説明が不充分ではないかと感じるところでありますが。 その点チベット医学はインド伝統医学アーユルヴェーダを基礎とし、ヨーガの理論と技術、そして素晴らしい自然環境から生まれた植物や鉱物、そして動物全てを薬用と考え、天文学と宇宙万有を満たす大自然、人間を含めた森羅万象全てを捉えた上で病気や命と係わっています。 そしてチベット医学が他に類を見ないところとしてチベット仏教が関わっていると言うことです。「チベット医学」即ち「 チベット仏教」であると言う考えです。具体的な治療として脈診、尿診、舌診、占星術等で診断し、食事療法やハーブ、もぐさによる灸療法、吸い玉療法や2000種類以上の生薬療法、ダイヤモンドや金などの貴金属を調合する錬金薬などがあります。チベット医学の根本的な目的はホメオスターシス(心身の調和)と患者と医師の双方が霊性の悟りを開くことにあります。その中で最も尊い癒しにボーディチッタ「菩提心」と呼ばれる慈悲の心を持って患者と係ると言うことです。 さて、このようなチベット医学が近年欧米で注目されております。 その大きな理由に心と体の調和を求め、菩提心と呼ばれる慈悲の心が患者の病に大きく影響することが分かってきたからであります。 我が国の医療は西洋医学を中心として世界一の長寿国となっています。しかし身体は生きているがはたして心は健康であるのだろうか。インターネット社会による病状の情報は沢山あるが、心を健康にすることに満足しているのだろうか。我々の日々の業務に「心の健康」を求めて頂ければどれだけ有難いことだろうか。 我々は、健全な精神で患者に向かい、係わりに対して「ありがとうございます」と言う感謝の心を持って治療にあたり、人様の心と体の命に係わり持たせて頂いていることに使命を感じ、我が魂を、我が人格を高める為に日々の積徳を心がけたいものであります。 柔道整復業界誌 『からだサイエンス』より
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